1996年のエベレスト大量遭難事故

『エベレスト』は、1996年にエベレストで起こった実際に起こった大量遭難事故を描いた映画です。

(事故の詳細はWikipediaのエントリーに詳しいです。)

1996年ごろのエベレストは、一通りのルートの開拓も終わり、先鋭的な登山家でない一般人がお金を払ってガイドの指導のもとに上る“商業登山”がはじまった時期でした。遭難したのは「アドベンチャー・コンサルタンツ隊(以降、AC隊)」と「マウンテン・マッドネス隊(以降MM隊)」という2つの商業登山隊で、下山中に発生した嵐に巻き込まれて8名の登山家が亡くなっています。この中には難波康子さんという日本人も含まれており、事故発生当時かなり大きいニュースになったようです。

事故を起こした3つの背景

事件の概要だけ聞くと避けられない不運な事故のようにも思えますが、映画を見ると実際には事故が起こる背景としていくつかの要因が重なっており、人災の側面も大きかったことがわかります。

【要因1:商業登山の高額な料金プレッシャー】

商業登山というのは山に登りたい人が、ガイドを担う会社にお金を払って「公募隊」という登山のためのチームを作って登山するのですが、このお金がなかなかに高額で、日本円で700万円くらいするそうです。この高額な料金のせいで、登山する客の方は是が非でも登頂したいと思うし、ガイドのほうも登頂させてあげなきゃという方向に力が働きます。

大規模開発プロジェクトも受発注のビジネスであり、一度予算を組んで投資が決まると、「何が何でも作り上げる!」という強いプレッシャーが双方にかかります。これがよいプレッシャーの場合は問題ないのですが、状況によっては冷静な判断を鈍らせることにもなります。

【要因2:同時に登ろうとしていた登山家が多すぎた】

高い山の頂上付近は切り立った刃の上のようなところを歩くので、同時に登れる人は限られるようなのですが、事故が起こった時期はちょうど大量の登山家が詰めかけてクレバスにはしごを渡して超えるのに渋滞が起こるような状態でした。渋滞がおこった結果、当然の結果としてスケジュールが遅れていきます。

プロジェクトでいうと、予定していなかったタスクが積み重なってスケジュールが遅延してしまう状態ですね。

【要因3:登山家の能力にばらつきがありすぎた】

公募によって参加者を募っているのだから当たり前といえば当たり前なのですが、映画の中では結果的に、経験の浅い人やスキルの低い人をフォローするためにリスクが生まれるという問題が発生します。

プロジェクトでも、メンバーのスキルの差があることは多々あり、そのカバーで体力を消耗することはよくあると思います。

事故の経過:リスク回避ポイントを何度もスルーした結果……

そのような不穏な要因を抱えつつも、ベースキャンプに着くぐらいまでは、皆キャンプ気分でにこやかに登っていくわけです。で、ベースキャンプに着いた時点で、いくつかの隊が同じ日に登頂を目指していることが発覚し、AC隊の隊長は他の各隊と交渉して登頂日を調整しようとしますが失敗し、そのまま登山を続けます。

(つまり、リスクを把握したものの回避しようとして失敗しています……。)

ベースキャンプから上は、高所での気圧の低さや酸素の薄さに体を慣らすために徐々に登っていくのですが、そのうち体調を崩すものが出てきます。MM隊の隊長は、体調を崩した顧客の下山に付き添ったあとに、また上って先に行った仲間に追いつこうという無茶なことをやった結果、体力をかなり消耗します。

(この無茶で自らリスクを増やすことに……。)

天気も悪くて苦戦しつつも、なんとかみんな第4キャンプまでたどり着きますが、この時点でどう考えてもヤバイ咳をしている人とかいるんですよね。
高山では、肺水腫という肺に水がたまる病気になることがあるそうです。でも、あきらめて下山しようとはしない。

(リスクを見て見ないふりしていますね……。)

で、直前まで天候が悪かったのが、夜半に奇跡的に嵐が静まり、アタックを決行することになります。第4キャンプから頂上までのアタックは、なるべく午前中に登頂して帰ってくるのが理想だそうです。午後になると空気が温まって上昇気流ができるので、天候が悪化しやすくなるからです。
だから、AC隊 を率いるロブ・ホールは14時をタイムリミットとして、そこを過ぎたらたとえ目の前に頂上が見えていても引き返せ、というルールを徹底していました。

(撤退の判断ポイントを設定したんですね!)

心配した通り、渋滞も発生し、さらに悪いことにロープが張られているはずのところに張られていない想定外の状況もあり、スケジュールは遅れに遅れます。最初のメンバーが登頂したのは13:14、大多数のメンバーが登頂したのはタイムリミットの 14:00 ちょうど。しかも頂上でちょっとダラダラしちゃったりしたらしいんですよね。

(ギリギリ間に合った!という達成感からでしょうか……危機感なさすぎ。)

この時点で、AC隊ではダグ・ハンセンという人がかなり遅れていて、隊長ロブ・ホールは諦めて下山するように説得しますが、聞きいれません。この人、がんばって貯めたお金のほかに、地元の有志からの寄付とかでなんとか登山していて、しかも、その前の年にも同じロブ・ホールの隊に参加して登頂を果たせず失敗、という過去の経緯があったのです。年齢的にも彼にとって最後のチャレンジであることが明らかである今回、登頂させてあげたい気持ちが勝ってしまったのか、はたまた高山病の影響で判断が鈍ったのか、ロブ・ホールは自らルールを破ってダグ・ハンセンと一緒に頂上を目指すことを了解してしまいます。

(もはや心中覚悟ということですか……。)

結果、ふたりで登頂を果たすことはできたのですが、その時刻は16:00。
なのに頂上で、「地元の小学校の生徒に」とかいいながら写真撮ったりしてるんです。

(そんなことをやっている場合かと……。)

ここから先の下山のくだりは、ただただ地獄で、ひどい嵐にやられて体力の尽きた人から順に遭難していきます。滑落したり、下山不能に陥ったり、難波康子さんをはじめ多くが帰らぬ人となります。

その恐ろしい地獄の様子は、ぜひ映画を観て体感してみてください。

登山隊に学ぶ教訓

数々の不穏な兆候が具体的な問題として具現化していく様子は、課題に気づきながらも解決されぬまま後工程にしわ寄せがいく炎上プロジェクトを見ているようで胸が痛みます……。

一番良くなかったのは、大事なタイミングで下山の判断ができなかった、つまり、リスク管理に失敗したということに尽きると思います。

この映画をきっかけに、以下の教訓とともに思いを新たにし、今後の安全なプロジェクト運営の糧としていきたいと思います。

  • 天候は急変する。想定外も起こる。楽観的な計画は禁物!
  • 危険な兆候を見なかったことにせず、きちんと対策を!
  • 定めたリスク回避のための判断ポイントを守って、冷静な判断を!

それでは、皆さまも良い映画ライフを! ではなく、安全なプロジェクトライフを!