皆さんこんにちは、株式会社アイ・エム・ジェイ(IMJ) CMOの江端浩人です。IMJは米国で先端IT/Adtech情報を配信しているShelly Palmer氏と独占契約を結び、日本での記事と映像配信を行ないます。ちなみに文中の視点や意見はShelly Palmer氏や、それぞれの筆者のものであり、IMJのものでないことを明記させていただきます。

 

 

“アルファ碁”

正直37手目は、誰も予想をしていなかった。それは数百万ドルがかかったGoogle DeepMindチャレンジの第2局の序盤で起こった。打ったのはグーグルが開発した人工知能“アルファ碁”で、人間の打ち手では考えられないところに19個目の黒石を置いたのである。それを間違った手だと言っている人もいるが、“アルファ碁”がそのまま世界最強の棋士との攻防に勝ったという事は、それはむしろ“学ぶべきことが多い”出来事だったと言っていいのではないだろうか?

注: 3月15日(米国東部時間)、DeepMindチャレンジのイ・セドル九段と“アルファ碁”の五番勝負は4勝1敗で“アルファ碁”が勝利している。

チューリング氏が生きていれば喜んだだろう

1959年にアーサー・サミュエルは初めてコンピュータに“チェッカー”というゲームを行うプログラムを作成した。それは初歩的な問題解決のいいモデルになると思ったからだ。彼は“機械学習”を『コンピュータが、プログラミングされなくても自己学習できるという学問の分野』と定義した。

その時のサミュエル氏の“学習”の定義はオペレーティブ(運用型)でコグニティブ(認知型)ではないのだが、その細かいニュアンスはしばしば忘れられてしまうのである。人々は、コンピュータに思考ができるのかどうか、たびたび論じるのであるが、それは間違った議論だ。アラン・チューリングの有名な論文『コンピューティング機械と知能』の中で、「機械は考えることができるのか?」を問うのではなく「機械は人間のするように振る舞うことができるのか?」と問うべきであると書いている。

チャレンジ

今回の挑戦ではまさにそのことが問われているのだ。我々人間は、機械が人に勝つ状況を今までも目撃してきた。1997年にはIBMのコンピュータ “Deep Blue”がチェスの世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフに公開マッチで勝利した。2011年には同じくIBMの “Watson AI”がテレビのクイズ番組『ジェパディ!』でクイズ王ブラッド・ラターとケン・ジェニングスに勝利した。しかし囲碁は違うと考えられていた。チェスではターンごとに20~35手先まで読むのであるが、囲碁ではその10倍以上の読みが必要となる。数学的には一試合で指される150手程の手数でも10の170乗と天文学的に多く、グーグルによると宇宙に存在する原子の数(10の80乗)よりも多いということである。

囲碁はそのように多くの手数を探索しなければならないために、他の人工知能を使った対戦プログラムとは別物だと考えられていたのである。優秀な棋士は理論だけではなく、高度な戦略と直感、そして経験を駆使していた。囲碁には非常に多くの指し手があり、コンピュータがそのすべての手を計算することは不可能である。囲碁ではコンピュータは、われわれ人間のようにふるまう事-“大局観”を学ぶことが必要だといわれている。

第2局の37手目

では“アルファ碁”はどうして第2局の37手目で、あの不思議な手を選んだのであろう? “アルファ碁”プロジェクト・リーダーのデビッド・シルバーは、“アルファ碁”には人間だったらこのような場合にどうするかを検討する仕組みがあるという。高確率で指される手を分析した後で、次に確実そうな手を分析するというように、その後の展開を検討するというのである。

シルバー氏に「“アルファ碁”には人間らしさはあるのか?」と聞いたところ、次のように述べた。

「“アルファ碁”は人間が指すであろう手をくまなく探索し、その分析を基に判断するように設計しています。この“人間が指すであろう”というのが“癖=バイアス”であり、初期推定値として“アルファ碁”に使われています。また、我々は人間の指す手を基にコンピュータに学習させていくので、その癖も学習することがあります。しかし、より深く探索し、そのことを内省的に分析していくことで、その癖は矯正されていくでしょう」。

 

つまり、“アルファ碁”は“全ての打ち手”を分析して手を決めるのではなく(というか、多すぎてできないが)、考えて試して、感覚で打ち手を決めて、そして自分の間違いから学ぶので、今までのどのような機械よりも人間のように“考えている”のである。

“アルファ碁”vsあなた

“アルファ碁”によって人工知能(AI)と機械学習の分野は飛躍的な進歩を遂げたといってよいだろう。このプロジェクトチームは2年で画期的な偉業を成し遂げたといえるのではなかろうか? それの行き着くところはどこか? “アルファ碁”が囲碁の世界では無敵になったとしたら、それ以外に何を教えることができるのかを想像して欲しい。

もし、あなたの仕事がレポート分析で、Excelのwhat-if分析を使って数字を吟味したり、プロジェクトマネジメントや生産性の評価を行っているならば、その仕事は“アルファ碁”の機能を持ったシステムによって、取って代わられるという事はないだろうか? 2回クリックすれば、あとは全部“アルファ碁”がやってくれる……あなたより上手く、より短時間でそれをやってくれるのであれば、どう考えてもあなたの仕事はコンピュータに取られることになるだろう。

私は考えることを職業にしている

その通りである。しかし、“アルファ碁”も考えることが職業だ。近い将来にはホワイトカラーの仕事のうち、簡単なものは全て、中難度のものは大部分、そして一部の高難度の仕事さえも“アルファ碁”や特別に開発された人工知能に取って代わられるだろう。忘れてはいけないのは人工知能の方が人間より優れているという事である。もちろん、“アルファ碁”であっても、試合に敗れ、間違いを起こし、悪い判断もするだろう。しかし、どのホワイトカラーの仕事も安泰とは言えないのだ。私の仕事も、あなたのも、誰の仕事でも、である。

この種の人工知能は読み書きができ、自然言語を解析し、図形や絵を認識してシミュレーションし最適化する。ただし、その人工知能を別分野で応用する方法がまだ見つかっていないというのが救いであろうか? “アルファ碁”は囲碁九段には天敵であるが、広告メディア購入の最適化をする人には無害なものである。しかし、仮に“アルファメディア”が出てきたらどうなるだろうか? その意味ではDeepMind社の創業者であるデミス・ハサビス氏によると、グーグルの目的は、自分の学習能力を応用して何にでも適応してしまう、一般化された人工知能システムの開発ということだ。なんという素晴らしい目標!

楽しみでもあり、怖くもある

“アルファ碁” チームの成功には興奮を覚えるとともに、その作り上げる力には頭が下がる思いである。その一方で、このことについてよく理解しているが故に、非常に心配し、怖くさえある。

人工知能は強力なツールだ。この画期的な技術により、我々は計算能力と認知能力、クリエイティブと手業、機械と人間の境目に来ているのではなかろうか? レイ・カーツワイル氏が予言した “シンギュラリティ(人間と機械の境界がなくなること) ”が近くまで来ているのではないだろうか?

“考える機械”は、病気を治し、飢えている人を救い、災害を予測することができるだろう。素晴らしい弁護士や会計士、医者、教師、リサーチャー、マネージャー、作家など数百もの職業に就くだろう。仕事の効率化には素晴らしい成果を発揮し、娯楽をもたらし、人生を有意義にしてくれるだろう。他の技術同様に、現在我々が想像している以上に素晴らしい使い方を見いだしてくれるはずである。

しかし、やはり気を付けないといけないこともある。“考える機械”は争うことも学習する。誰も想像すらしていないやり方でコンピュータウィルスを作り、善人と悪人の競争原理を根本的に変えてしまう可能性がある。その実態や波及効果は誰にも予想できない。現在均衡を保っている軍事的優位性などもなくなってしまう可能性があるのだ。私にとってはそのことが一番の恐怖である。

グーグル、DeepMind、そして、このプロジェクトに関わったエンジニアや科学者、プログラマーたちに大いなる称賛を送ろう。アラン・チューリングとアーサー・サミュエルも君たちを誇りに思うことだろう。

 

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