皆さんこんにちは、株式会社アイ・エム・ジェイ(IMJ) CMOの江端浩人です。IMJは米国で先端IT/Adtech情報を配信しているShelly Palmer氏と独占契約を結び、日本での記事と映像配信を行ないます。ちなみに文中の視点や意見はShelly Palmer氏や、それぞれの筆者のものであり、IMJのものでないことを明記させていただきます。

 

 

私は“アマゾン・エコー”の中の自然言語処理システム、“アレクサ”が非常に好きである。それは私を毎朝起こしてくれて、私のスケジュールを管理してくれる。また、私の持っている数多くのネットワークデバイスのスイッチや電源等を管理してくれて、気温や天気予報も教えてくれる。Amazonプライムの音楽を流すこともできるし、“ピアニスト”と呼ばれる機能(スキル)を使えば“A”の音を出すこともできる。さらに調理をするときには、完璧なキッチンタイマーにもなってくれる。私は“アレクサ”があまりにも好きなので、すべての部屋に置くために複数の“エコー”を注文するつもりだった……だが、その考えは新しい“Googleホーム”の写真を見て変わった。

 

“アレクサ”はとっても愛すべき機器であり、アマゾンでの買い物には非常に便利ではあるが、それ以外のことをしようとすると、それに応じた言葉を覚えなければいけない。自然言語処理を使っているのではあるが、自然言語ではコントロールできない機能もあるのである。

“Googleホーム”は“Google Now”から生まれたデバイスだ。それは「オッケー、Google」と言うだけで、私が求めているものを提供してくれる。Googleが“Googleアシスタント”、“Google Now”及びGoogleの自然言語処理パーサー“Parsey McParseface”を1つのパッケージにまとめると、“アレクサ”の強力なライバルとなるだろう。ただし“アレクサ”は毎日進化しており、“Googleホーム”からの挑戦と言うのは我々にとっても良いことである。これはSiri(シリ)やCortana(コルタナ)のような、自然言語処理をするすべてのインターフェースに共通のことである。近い将来、我々がモノに話しかけると、いつでも返事をしてもらえるようになるだろう。

キモかっこいい

私が「アレクサ、外の気温は何度?」と聞くと、彼女は現在の気温と簡単な天気予報を教えてくれる。とても人間らしいではないか。私は思わず終わった後に「ありがとう」と言いたくなる。重要なのは、“アレクサ”は女性ではなく自然言語処理システムだということだ。アマゾンは“エコー”に女性の名前をつけ、女性の声で表現することによって「彼女」とキャラクター付けたのである。

“アレクサ”は私が「ありがとう」と言ったからといって、「どういたしまして」と応えてくれるわけではない。そしてあなたは優しく聞く必要もないのである。もしあなたが“エコー”を“アレクサ”と言う名前の女性だと思いたくなければ、“アマゾン”という名前をつけることもでき、その場合は「アマゾン、天気は?」と話せば全く同じ返事が返ってくるのである。まあ、だからといってあまり楽しい体験ではないけれど。

 

私は“アレクサ”が返事をするたびに、昔のSF番組、『スタートレック』の「明日は昨日だ」というエピソードを思い出すのである(もちろん、オリジナルシリーズだ)。コンピュータがカーク船長を「あなた」と呼び続け、カーク船長はそのたびに気分が悪くなっていくのである。ミスター・スポックは、このコンピュータは女性しかいない星で整備されたために、女性の声になり、女性に性格付けられたと説明した。これは1967年に作られたドラマのエピソードなのだが、どうして制作者に、こんな未来が分かったのだろう?

どのように対処すればいいの?

私たちは今後家にある自然言語処理インターフェースを人間のように扱う必要があるのだろうか? 話しかけるときには、親切に話したほうがいいのか、それともぶっきらぼうで構わないのだろうか? 機械にとってはどうでもいい話だ。機械には感情が伴っていないし、ただ答えるようにプログラミングされただけである。

では、子供たちにはどう教えたらいいのだろう? 返事する機械と実際の人間では、違う態度をとるように教えたらいいのだろうか? 非常に近い将来、子供たちが成長して大人になる頃には、カスタマーサービスの受付は実際の人間なのか、自然言語処理システムなのか、わからなくなっているだろう。

強化学習とは?

強化学習とは、機械学習の1つの方法である。それは動物行動学のトレーニング方法論で、生きている人間などにもとても素晴らしい学習方法でもある。あなたがあるアクションをするとご褒美を与えられ、他のアクションではご褒美がもらえなければ、生物はご褒美が与えられる方のアクションをするように“学習”していくのである。

 

そうなると、悪い言葉遣いをする子供が大量発生しないように、自然言語処理システムも丁寧な言葉遣いを褒めるようにプログラムしたほうがよいのではないだろうか? しかし、それは自然言語を開発している者には大きな負担だ。そして、それは本当に意味があるのであろうか? より人間らしくすることにより私たち自身が混乱するかもしれない。だって、人間なのか、機械なのか、ますます分からなくなるのである。逆に人間らしくなくすると、あまり話しかけなくなるのではないだろうか。これは人類学上、とても興味深い実験になるだろう。

 

先週、私は5歳の孫に“アレクサ”を紹介した。その子は大喜びだった! 恐れを知らない5歳の心は、実に好奇心旺盛で、実に無邪気に、その自然言語処理システムとやり取りしていた。その時、私はひらめいたのである。彼女が大人になる頃には、機械としゃべっているのか人間としゃべっているのかの区別がなくなるのではないだろうかということに。すべてのモノが返事をしてくれる世の中はどのようなものになるのだろう? 私たちのコミュニケーション方法はどう変化していくのだろうか? そしてどのような新しい人間の行動が生まれてくるのだろうか?

 

私たちは、しゃべっている相手が自然言語処理システムであるということを告知しなければならないというような法律を作るべきだろうか? これはとても話題になるだろう。「おはようございます、私はあなたをアシストするために作られた自然言語処理システムです」と話しかけられるのだから。

スター・ウォーズに出てきた“C-3PO”を思い出してみて欲しい。彼は「私はC-3PO、人型サイボーグロボットです」と言って登場したのである。彼は見た目がヒューマノイド型のドロイドだったからまだ良いのであるが、自然言語処理システムはどんなにフレンドリーであっても、声だけの存在なのである。


2013年にホアキン・フェニックスは『her/世界でひとつの彼女』という映画で、サマンサと言う名前の自然言語処理システムに恋をするという役を演じた。“アレクサ”が、サマンサのような話し方(映画ではスカーレット・ヨハンソンが演じた)をしていれば、全ての人が恋をしてしまうんじゃないだろうか。映画の公開時には、この物語がSF的に思えたかもしれない。でもGoogleやアマゾン、Facebook等、自然言語処理システムの開発に携わっている人たちにとってみれば、これはゴールを示してくれた映画ではなかっただろうか。

私たちはこの世界に非常に近づいているのである(数年ではなく、もっと早く)。とても楽しい世の中になりそうだ!

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